「悟りを科学化する」①って?

昨年出会った本↓「悟り」を科学化した一冊

まさにその通りの本でした。本当に理解するにはかなり時間がかかりそうですが、心の奥の方ではすでに理解しているので後はそれをどう人に説明できるか?なんですね。

学習塾のコマーシャルに「わかった!」って叫ぶ生徒に「じゃ、説明してみて」って言うのがあるのですが、あんな感じ、わかったと思っても人に説明できないものは本当の理解ではない。

理論としてきちんと人に説明できての自分の物である。

そして、これを人と共有することができれば全ての人が「悟り」に至るのだ。

それには科学的に悟らせることが必要になってくる。

よく使われる言葉、ワンネスやすべてはひとつ、という抽象的な感覚を定義し理論や数式、共有可能にするための言語が必要ってことなのです。

釈迦やキリストも悟りをひらいて、人々にそれを伝えることの難しさを知っていたと思うのです。悟りをひらくとは、個人に起こった感覚的な体験に依存しているからで、それを言葉で説明するには限界があったと思うのです、多くの先人たちが語ってきた哲学、宗教、思想で多くの人が悟りをひらくことができなかったからこその現在、「悟り」を全ての人が共有するには体系化が必要なのです。

人はどうして生まれ死んでいくのか、何のために生きようとするのか、なぜ苦しみに絶えずさいなまされなければならないのか、永遠のテーマです。

私の人生の多くの時間がこのテーマによって割かれてきた思いです。それの一つの答えとしての理論が示されました。この本の理論を、他の人が同じように感じるかどうかはわかりません、何故ならこれも一つの多様性の中の一つの理論にすぎないからです。でも私にはこの考え方がとても「しっくり」来るのです。そしてそれにより第二変容期に入ったことも間違えないのです。変容とは「思考回路が変化する」って私は表現しています。

第一変容期の時はゲリー・ボーネルの「アトランティスの叡智」って本でした。10年前この本を読んだときの気づきで、私の思考回路は一方通行の道路標識が全て撤去されたように、縦横無尽に走るようになり、ものの考え方に幅が出てきました。そう「だからこっちだよね」が「でもあっちかもしれないし、むこうかもしれない」なんて一つに決めない考え方ができあがったのです。

今回の変化は、目的地に向かって高速道路が出来た感じでしょうか?

その高速道路は目的地まではまだ作られていません。これからこの本を題材にワンネスの理解を深めながらブログで少しづつ書くことで道路を作って行きたいと思います。

ご興味のある方はお付き合いくださいね(^_^)

Noki

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