音楽から学ぶこと

私は「小曽根真」のファンです。

年6回は出かけていると思いますが、先日行ったコンサートで何故か、はたと気づいてしまったことがあったのです。

彼はジャズピアニスト、ソロで弾くのはまれで、ほとんどセッションとか、最近はオーケストラとクラシックピアノにも挑戦しているのですが、
今回は、2部にピーター・アースキンとのジャズセッションが入っていました。

ピーターアースキンはドラマーです。
私は初めて彼を知ったのですが、年齢的にもかなりの年配者?たぶん60歳は過ぎていると思います。そのせいか力強いというより、繊細な音とリズムとテクニックに終始している感じがしました。

初めてです、うるさいと感じないドラムの音を聞いたのは・・・

「へー、ドラムってこんなに繊細な音と心地よいリズムで奏でることができるんだ」
って思ったのです。衝撃でした。そしてその音に惚れました(^^♪

演奏が全てが終わった時にふと、気付いたのです。

小曽根真のピアノの選曲が、すごく繊細なリズムと流れるような曲ばかりだったことを、そうまるでグラス片手に薄暗い中、物思いにふけるように心地よく耳に流れ込んでくる邪魔にならない音楽。そしてそのメロディーの美しさ故、懐かしい昔も思い出してしまいそうな心の揺れに同調するピアノとドラム(ベースも素晴らしかった)

初めての体験でしたね、なにが?って

小曽根真は毎回ゲストに迎える一流の演奏者に合わせてピアノを弾く人なんです。

いままでいろいろのなジャズピアニスト、トランペット、サックスなど、さらに自ら率いるビッグバンドとそれぞれの場所で彼はピアノを変化させます。

私自身は小曽根真のピアノにぞっこんなのでそれを聞きたいと思って行くのですが、いつもゲスト優先で自分のピアノは伴奏のような(大袈裟ですが)弾き方で、前面に出ることがものすごく少ない。

それはずっと不満だったのですが、今回のコンサートで彼の「音の調和=人の調和」の精神を垣間見た気がしたのです、自分の名前が前面に出たコンサートであっても彼は前面に出てこない、どちらかと言えば補助のようにさえ見える。

それはきっと、相手に対する思いやりと、心の調和、音の調和を求めているからなのだと思ったのです。

今回のピーターアースキンとのドラムとピアノのセッションも、彼のそんな気持ちがあふれていると感じます。ピーターのドラムに魅せられた私が証拠!

存分にドラムの良さが引き出された選曲とピアノ演奏だったと思います。

どんな職業であろうと、人は調和の中でしか自分を生かしきれないと改めて思う出来事でした。

そんな彼が奏でるピアノの音だからこそ優しく美しい高音の響きになっているのかと思ったしだいです。

あーーーいろんな意味でよかったですーーー演奏

「水彩画」B47 古い魂

絵はボトルの色で私が感じる思いで描いています。
オーラソーマとしてのボトルの意味とは異なることもあるでしょね。

今、私中では「青」が主流となっている。
どうしてそうなのか?

オーラソーマ的に言えば、心が寛容と慈愛に入っているということ
そして、人々の中にいながら孤独もどこかで感じていること
さらに、肉体を持って生きていながら地球の外とのつながりが強くなっていること

先日夜中に「死」と一瞬でも対話したことに要因があるのかもしれない。

 

アファメーション:私は機会を最大限に生かします。私はこうした機会が明らかになると歓びを感じます。

私達はどこから来て何処に行くのか
輪廻転生を信じれば魂自体は死とは関係のない存在
魂は全ての転生を記憶している
今現在その記憶をさらに追加しているに違いないのだ
 そして肉体が滅びる時 はっきりと思い出すだろう
 私達が何処から来て何処へ行こうとしているのか を・・・

「水彩画」B8 アヌビス

絵はボトルの色で私が感じる思いで描いています。
オーラソーマとしてのボトルの意味とは異なることもあるでしょね。

今朝、まだ真っ暗だった。
夢の中で、胸の中に何か塊のようなものが広がりその痛みで目が覚めた。

食道が押し広げられているような痛み
ちょうど心臓のあたりだ
重苦しい痛み、手で上下にさすりながらなんとかならない物かと思案していた。

背筋を伸ばし深呼吸を繰り返す。

ふと、

あーこんな風に突然身体が変化して「死」への実感が私にも訪れるのかと思った。
自分はどうなんだろう、それにどんな対応をして、それに順応していくのだろう。

なんて考えながら、深呼吸を繰り返していた。
そしてその痛みは徐々に引いていき、おさまった。

胸の痛みで心をさらに開いて、私自身を生きる気持ちが強くなった。

アファメーション:この瞬間、今、ここで私は変化の可能性に開きます。

全てのことは個人に起きて来る。

生きるとは個人に起きてくるさまざまな現象に対応しづ付けることだ

困難が多ければ多いほど生きる為の知恵も増える

逃げずに立ち向かえ

それが幸せへの近道であると信じろ
人の一生は幸せに生きるための学習の場にすぎない

 

 

「水彩画」B92 グレーテル

絵はボトルの色で私が感じる思いで描いています。
オーラソーマとしてのボトルの意味とは異なることもあるでしょね。

棚の中でボトルの色あせが進んでいる。
ペールコーラルは、ほんのり赤みのさす色白の透明肌のようだ。
それがオリーブ色とのコントラストで、何とも美しい色合いに見えた。

アファメーション:シンプルなことの中に私は自分が達成する心理と気づきを見つけます。

人の心は乾いている

たえず自分以外の自分を探している

自分と同じ人間はいないのに

誰か私をかかってくれー・・・

心の叫びをあげながら触手を伸ばす

ニューロンのように他とのつながりを求める

そして全ての者たちがやがてつながっていく

 

 

黄鉄鉱・パイライト

パイライトのノジュール(団塊)Φ45mm

愛情にあふれた家庭で、のびのび育つと丸い性格の人ができるように
鉱物の世界も、原料に不足なく自由な空間で連続的に育つと丸くなるのだそうだ。

パイライトはエネルギーとしては男性性、決断力、実行力。
強さが感じられる。

だが、この丸いボールになると、なんとものんきな子供のような無邪気さが感じられる。思ったことをすぐに行動に起こせる純粋なエネルギー、突っ走る子供のようだ。

下の写真がよく目にするパイライト、角ばった印象だ。
その光沢ときちっとした姿はまるで、社会に適応して現実を着実に生きるサラリーマンのように見える。ずいぶん印象が違うものです。

 

生と死が同じ喜びでありますように

新しいパンフレットを作りました。

私自身の思いが詰まったパンフレットです。

その中の言葉「生と死が同じ喜びでありますように」は10年前私が私自身に目覚めた時の日記の題名になった言葉です。

多分この言葉が私の今世の目的を象徴しているように感じています。

今回作成していただいた方がとってもこの言葉に惹かれたようで、そのことについてもっと話を聞きたいとおっしゃったので、文章にしました。

①死に対する周りの考え方が変、と感じていらっしゃったということですが、まわりのどのような考え方を変と思われたのでしょうか?またなぜそれを変と感じたのでしょうか。
死んでしまうことは、不幸でよくない事と皆が思っていること。
年齢的なことだったり、病気だったり、事故だったりと死はさまざまな形で訪れるが、生まれてしまったら後は死に向かって進むだけだと思っていた。そんなあたりまえのことで、なぜみんな恐れ忌み嫌うのか理解できなかった。

大人に聞けなかった。「何で死ぬのが不幸なの?」って。それほどタブーにされていた「死」という言葉。私は10代の頃からその「なぜ」をずっと抱えていた。

人の寿命はほぼ決まっている、その中で自分がどう生きて行くのか考えながら生きること、そしてただ生きることに集中すれば死の直前「あー大変だったけど、面白い人生だったな」と思えると信じていた。今も信じている。

添加物がどうの、環境がどうのと騒いでいるが、結局それに振り回されて、食事に気を使いすぎて片寄ったり、環境が悪いと引っ越したり、運動がいいとやりすぎて怪我をする。人間の底力はそんなことに左右されるほど弱くないし、どんな環境にも適応する能力は備えているはず、一番大切な心の問題を解決せずに肉体のデータだけで健康とは、それこそ食品会社や製薬会社の思うつぼだと思うのです。

それもこれも、人が「死」に対する恐怖のあまりに偏る見方、死はあたりまえにやってくる。それを容認し受け入れなければ、生きる基本もわからずじまいで生涯終わることになる。それもまた人生か?でも気づく人には気づいてほしいと思うのが私の願い。

②「生と死はどちらも同じ、人が生きる基本」と書いていらっしゃいますが、この部分、もう少し噛み砕いてご説明願えますか?
生命の誕生以来、生と死は切り離されたことはありません。それはセットです。一つであることをまず心のそこから理解してほしいと思うのです。
肉体を持ってこの世に生まれることと、肉体を捨て死ぬことがゴールであるのは変えることのできない真実。その死が見えているからこそ、私たちは幸せな死へと、どのように歩んでいくかが問われている。幸せな死とは、歩んできた道が幸せだったと最後に思える生き方。
人は心が満たされないと、怒りや恐怖を生み出します。心が満たされないとは愛されることの実感が持てないこと、人は愛なしでは生きて行けない。人が一人で生きるように設定されていないのは、愛を学ぶためだと思わざるを得ません。

もし私一人しか地球に存在しなければ、愛って何?と思っているでしょうね。地球の生命体は自らが生きることに集中して邪念が無い、それは満たされているのと同じ、満たされているからこそ自然界は調和が保たれている。人だけが愛にこだわり、自ら愛を破壊し、愛されることを切望してやまない。

「生と死が同じ生きる基本」と思うのは、ゴールの無いマラソンで真剣に走ることができないように、ゴールがあり、さらに時間が限られているからこそ頑張れる力と智恵がわいてくるものです。そしてゴールした後には未来の希望が待っている。

③死は再生の喜びであるということを皆に分かって欲しい、と思われるのはなぜですか?
死は自然に訪れるし、生まれることは死に向かって進むこと。地球誕生以来延々と続けられた生命の営み。それが進化に繋がっている。私たち人間はそれを踏まえて生まれ未来に向かって歩むように定められている。いつの世も新しい生命を求め新しい未来に希望託す。それが「生と死が同じ喜びでありますように」の言葉に繋がっている。
輪廻転生を信じなくても、地球の未来を信じている。「自分」がいなくなっても後に続く新しい命が引き継いでいくことも知っている、時間軸の中での未来はまさに今自分が生きているからこその未来である。自分が生きてきた歴史が必ず未来へ引き継がれると実感してほしい、私は何も影響を及ぼしていないと思っている人がいたら大間違い、生きてきた過程で親兄弟、友人知人、学校の先生、職場の同僚、隣の住人、いつも行くコンビニの店員さん、必ず人と接しているはず。それだけであなたは人に影響を及ぼしている。電車で人に席を譲ったことがあるかもしれない。道を尋ねられて教えたことがあるかもしれない。友人と喧嘩したことがあるかもしれない。恋人と別れた悲しみに打ちひしがれたかもしれない。小さな決断から大きな決断まで、思い出してほしいあなたの人生でどんな人と巡り合い決断をしてきたかを、それらすべて歴史として引き継がれます。そしてそれは必ず未来へ影響を及ぼしているのです。

そう、「可哀そう」な死などありえない!
私が「可哀そうに」に引っかかる意味。死なくして生きる意味なし!

 

思い出の人

昔、訪問のパソコン講師をしていた時にとても印象深いお客様が2人いた。
どうしても思い出として書いておきたいと思った。

お二人とも昭和2年生まれ、年初めに生まれているので寅年の気質を多く持っていたように感じていた。それは私の母がやはり昭和2年2月生まれで、気が強く気性が激しいからだ。

私が仕事で最初にお会いした時はお二人とも70歳半ばだった、すでにだいぶ丸くなっていてその片鱗だけだったが、昔はすごかたんだろうなと思わせる話が次々と出るのであった。

お一人目、ノンちゃんと呼んでいた。
ノンちゃんはマンションに猫一匹と暮らしていた。お宅にパソコンを教えに行き始めたころ一人娘を亡くされて1年目くらいの時だった。千葉に住む弟さんが心配して「ボケ防止にパソコンでも始めろ」と買ってくれたそうで、自分でもやってみようと思ったそうだ。とても明るい方ですぐに打ち解けた、その育ちの良さとは裏腹の東京生まれのべらんめぇ口調で、自分を隠さないとっても元気なお姉さんって感じの印象だった。

亡くなった娘さんの話もしてくれた。淡々と「死んだものは仕方ない!それだけさ」その5年前にはご主人をガンで亡くされている。その話も「涙なんか出なかったよ、人間いつかは死ぬんだ。」と、私は「そうだね」と笑いながらうなずく。こんな風に身内の死を淡々と話す人を私は知らない。私も子供ころから死については特別なこととは思っていなかったからだ。

「みんな昨年娘を亡くしたことを知ると、すぐに可哀そうにって顔するんだよね、だから大丈夫ですよ。死んだもんのこをいつまで考えても仕方ないから。なんて言うと、え!って顔をして黙っちゃうんだよね。だから今は、ありがとうございますって言うようにしている。なんで皆そう思うのかね~」って、そして「わかる人にだけしか本当のことは言わないよ」って笑いながら「先生(私のことをそう呼ぶ)には本当のこと言えるからいいね。私達気が合うね」と、私もそれは感じていた、どこか似ていたのだ。

伺うのは3ヶ月に一度くらいのペースだった。いつからかお昼過ぎに行ってパソコンを少しして夕方から宴会をするようになった。つまみは私が高島屋で惣菜を買ってくる。ノンちゃんはいつも美味しいお酒を何種類か用意してくれる、私のパソコン講師としての料金は「仕事だからね」といつも少ない時間でも必ず何かしら勉強をして支払ってくれる。とっても律儀な人。甘えがないとも言える。

いつの間にか宴会の時間が長くなって、私は夜8時ころまでいることが常となった、そんな時間の共有がとても楽しかった。ノンちゃんも結構お酒を飲んで二人でほろ酔い気分で女子トーク炸裂。ここで書けない男女の営みのこともたくさん聞いた。全く自分を隠さない人だった。その時間私は沢山笑って、たくさん泣いた。そして亡くなるまでの3年間、ノンちゃんの愚痴はついに一度も聞くことはなかった。
 
でも、そんな気丈なノンちゃんが一度だけ涙が出たことがあると話してくれた。ご主人の時も娘さんの時も泣かなかったノンちゃんが、ご主人がガンでもう助からないと医者から言われたとき、病室で寝ているご主人を見て、「この人はもう自宅に帰れないんだな、と思ったら思わずかわいそうになって涙が出た」と、やさしさの片鱗を見た気がした。
 
彼女の死を知ったのは、最後に会ってからから半年後。なんどか電話しても出なかったので年賀状を送ったら、その返事が弟さんからで「姉はガンで亡くなりました」と。
6月に入院して、10月に逝ったそうです。5月の終わりに伺った直後でした。
「入院なんかしたら必ず連絡してね」と言うと「そうねーやだー」なんて笑ってたからその通りだと思った。本当にあっさりと向こうに逝ってしまった。私に涙はなかった。
今思えば私の魂がよみがえり始めたのは、彼女の影響が大きかったと思いだしている。

そしてもう一人はスミちゃん(心の中でそう呼んでいた)
大きな一軒家にやはり猫一匹と暮らしていた。自宅の前にアパートが二つあって、その家賃収入で暮らしていた。私が初めて伺ったときは世界一周船旅から帰ったばかりでその写真整理のためだった。これで南回り北回りなんとか回りで全部で3回行ってきたと話していた。

その3カ月に渡る船旅の中で今回はパソコン教室に通ったので、自宅でもパソコンを覚えるため私が呼ばれたわけだ。

そして、何度か行くうちにスミちゃんの不思議に出会うことになる。まず3か月の船旅の最中、隣家に預けた猫宛てに頻繁に手紙を書くことだ。宛名に猫の名前を〇〇様とウソのように書いてあるのを見せてもらった。

思わず笑ってしまったら「あら、猫だってちゃんとわかってるのよ」と「帰って来たときふくれっ面してるもの」とのこと。キッチンの庭側のサッシの上の小窓を自分で開けて、寝るときは自分の家、ご飯は隣の家に行くとのことだ。賢い猫である。

ある時、庭の芝生にうつぶせに寝そべっている写真を見せてくれた。「昔のうちの家族なの」と。そこには彼女の頭のすぐ先50cmくらいの所に2匹のタヌキがいた。

こんなこともあった、そんな庭の広い家だから夏はやぶ蚊も家の中に入ってくる。大きな蚊が私の腕に止まった。思わず叩こうとすると、「だめ!うちのお客さんだから」って怒られた。もちろん刺されました(笑)殺生の嫌いな人でした。

半年以上連絡がなく久しぶりに出かけると、心臓の調子が悪くて入院していた。とのこと、酸素が肺に十分とりいれられない状態になっていて、「1時間動いていると苦しくて2階で酸素ボンベの厄介だわ」と言いながらそれでも駅まで私を迎えに車を飛ばしてくる。

そうそう、駅までの車の送り迎えはいつもしてくれるのだか、この運転がすさまじい。細い曲がりくねった坂道をびゅんびゅん飛ばすのだ、対向車がすれ違いでもたもたしていると、「下手くそ!これだけ寄せてやってるんだから十分だろうに、早く来るんだ」なんてうそぶく。確かに上手い。車の武勇伝もいくつか聞いていた。

そんな心臓の病気を抱えたスミちゃんから久しぶりにまた電話があって伺ったら、「マチュピチュに行って来た」っていうじゃない。肺に酸素がいかないっていうのになんで?って驚いている私に「死ぬまでに一度行きたかったんだ」「大変だったんだから、酸素ボンベを飛行機に乗せる乗せないのでもめて」なんて笑ってる。ゆっくり登って見てきたと証拠写真のデジカメデータを見せながらいろいろ話してくれた。

そんなスミちゃんの違う一面を見たのが、偶然彼女と同じコントラクトブリッジに通っているという、やはりパソコンのお客さんに会った時だ。その聞きなれないコントラクトブリッジに年齢も近いし親しさもあいまって知っているか聞いてみた、思いもかけない反応が返ってきた。

「あー、元女優だったってあの人」明らかに、関わりたくないといった雰囲気

「あの人のところにも行ってるの」変な人よね、が明らかに語尾につきそうな言葉。

そうか、一般的にはかなり変わっているよねスミちゃん、私には何の違和感もない人だし、年の差も感じないのはノンちゃんと同じタイプだから、特に考えてもいなかったが、そのお客さんにそう言われてはじめて気づいた。

12歳年下と2度目の結婚から、更年期障害で男性拒否状態での離婚の話、不動産の仕事でバリバリ働いて今に至ってる話、姉とのいまだに残る確執「あのお姉さま、昔からそうなのよ。大っ嫌い」と話す子供のような顔。スミちゃんはほんとに天真爛漫無邪気で子供のような心の人だったと思い出す。
 
私は女優だった話は聞いていない。確かにその美しさと華やかさはあった人である。子供もいなく唯一の姉妹とも相容れず音信不通、はたから見たら孤独な老人に見えるだろうと思う。スミちゃんも一切愚痴を言わない人であった。

今思えばこのお二方が、私に多大な影響を与えたと思っている。彼女たちは自分自身を主張している。人にこびることなく自分を前面に押し出して私はこうなのと胸を張る。他人に一人暮らしの寂しいお年寄りと言われようと変人と言われようとかまわない、私は私なのであると臆せず堂々としているところが共通していた。

そのころの私は、自分の変人ぶりを隠して生きていた。人と違うことがいけないことのように感じながら生きていたのだ。そんな私に天の采配か?同じ時期に同じような方にお会いして、私の魂は揺さぶられ私は私であることに「良し」をもらえた気がしたのだった。そして、私もこんな風に生きて行きたいと思ったものである。

あれから10年、今自分自身を真っ直ぐに生きている私がいる。

本当にお二方に会えたことに心から感謝しています。
上から見ているかな~~~笑いながら二人で・・・
あ!スミちゃんはまだ元気かもしれない(^-^;

 

「水彩画」B54 セラピスベイ

絵はボトルの色で私が感じる思いで描いています。
オーラソーマとしてのボトルの意味とは異なることもあるでしょね。

不思議な水晶を手に入れた。
トライゴーニック、それは蝕像された表面に▽が無数に刻印されたもの。
フッ化水素酸で溶かされた特殊な水晶。
自然界でそれができる奇跡は想像を超える。

その▽が目に焼き付いた

アファメーション:私は神との契約を私に思い起こさせる内なる虹を見ます

セラピスベイは色が無い、オーラソーマでは全ての色があると理解する。
この透明な美しさはどんな色さえも容認し映し出す。
その完璧さが、人の魂は完全であると言われることに関係する。
全てを受け入れる美しさだ

 

「水彩画」B108 大天使ジェレミエル

絵はボトルの色で私が感じる思いで描いています。
オーラソーマとしてのボトルの意味とは異なることもあるでしょね。

最近心の様子が変化している。
私の中で新しい何かが始まっている。
それはたぶん私にとって2度目の大きな変容期だと感じている。

アファメーション:過去を手放すことは物の見方に変化をもたらします。それによって愛に満ちた真実のハートを通してコミュニケーションする事ができるでしょう。

ミッドトーンターコイズ/ミッドトーンオリーブ

 

 

「水彩画」B62 マハコハン

絵はボトルの色で私が感じる思いで描いています。
オーラソーマとしてのボトルの意味とは異なることもあるでしょね。

秘密の友人が額の目が開いたと電話でそう言った。
サイキックアイである。

どんな感じだったの?って聞くと
「すごく痛くて、くぎが打ち込まれたみたいに痛くて・・・そしたらなんだかいっぱい見えてきて、すごく色んなことがわかるような感じがする」って

それで、お祝いに描いてみた。

選んだボトルは「マハコハン」ターコイズのマスターボトル

アファメーション:私は感謝して人生の流れにそうことができます。

ペールターコイズ/ペールターコイズ

魂の住む世界

もう一つの目が開く
それは光のない世界
光の必要のない世界
暗闇ではなく
脳の機能で「見る」ことが必要ない世界
無限に広がる深遠な世界
上下左右、光、音さえない世界
静かな空間
何もない、だが全てがある空間